特別インタビューの第3弾は、ギャラリーのディレクター佐藤省氏にお話を伺いました。次々と語られる事実や、過去の逸話にただただ感服するばかり。話は画廊を巡る現状までおよびました。「なるほど」連発のインタビューの模様をお楽しみください。 -- ギャラリー悠玄の設立年はいつなのでしょうか? 佐藤 1986年です。その時は、私はまだ関わっていませんでした。オーナーは高橋美智子という「早稲田小劇場」(注1)の役者だった方です。『少女仮面』(注2)に吉行和子さんらと出演していたようですね。 -- 佐藤さんがギャラリー悠玄に関わられた“きっかけ”は、どのようなものだったのでしょうか? 佐藤 私は早稲田小劇場のファンで、高橋さんが所属していたことはまったく知らずに、早稲田小劇場の芝居を見ていたんです。役者も何人か知っていました。ですから、きっかけは“早稲田小劇場の白石加代子ファンが白石さんを追いかけながら高橋さんの存在を知った”というあたりですね。高橋さんがギャラリーをやっていることを知って、また、そのギャラリーがスタッフを募集していたことを知ったので、応募してみたら受かって。 -- なるほど。佐藤さんご自身はもともと何をなさっていたんですか? 佐藤 私も作家ではあるんです。私も作り手として銀座で個展を重ねてきましたので、作り手側、ギャラリーを利用する側の気持ちも分かるんですね。もしかしたら、それが私の強みかもしれません。 -- 何をお作りになられるんですか? 佐藤 私は、版画です。もともと出発はグラフィックデザイナーなんですね。デザイナーと言っても、昔のことですから今のようにコンピューターがあるわけではなかったので、いろいろやりました。コピーも作るし、レイアウトもするし、絵も描く。スポンサーの所にいって営業や打ち合わせもする、というような感じです。それと、小さい頃から立体が好きで、今は休眠中なんですが、焼きものもやります。ですから、陶器を作る時の土の感触とか、穴窯を焚くといった“焼きものがどういう工程を経てできてくるのか”というのもわかります。 -- なるほど(笑) 佐藤 作品というのは、見かけではなくて、モノの本質のような部分を通って出来上がってくると思うんです。例えば、絵でも立体でも何でもそうなんですが、そこに共通する何かがありますよね。つまり、ある“美”というのは決して、細く、そんなにデリケートなものではなくて、結構許容量があると思うので「こうでなければならない」というのではないような気がするんです。例えば、悠玄に集う人たちにはいろんな美があっていいと思うんです。 -- いやしい“美”ですね。 佐藤 昔、走泥社の八木一夫さんが言っていたことに「美しい歪みと気持の悪い歪みがある」と。ですから「美しい歪み」というのを探さないといけない。その辺のことは、絵画でも何でも言えるんじゃないかと思います。それは私の一つ基準にしていますね。 -- 他にもギャラリーの方針のようなものはあるのでしょうか? 佐藤 よく一般の方が「私たち素人なんですが、どういう条件でここは借りられるんですか?」とおっしゃるんですが、「悠玄は絵ではなくて、人柄で選びます」と答えます。答えを聞くと皆さん笑うんですが、人柄というのはイコール作品なんですよね。私は別に審査員ではないので、絵が良いとか悪いとかで、「あなたはダメです」と言う権利はまったく無いんです。だから、“たとえ素人の方でも空間はプロ風に作り上げることはできますよ”ということを提案しているんです。たとえフロア貸しでも丁寧にお手伝いして、その作家と一緒に空間を作っていきます。 -- なるほど。 佐藤 作家が個展をする際に“画廊の入口までは日常の顔をして来た人たちを、画廊のドアを入った途端に、異空間に招待するのが作家の役目だろう”と考えるんです。“浮遊する空間”、“浮揚する空間”というのをいつも私は望んできました。ですから、そのことを作家に強いるわけではないんですが、「これはこうした方が?」という提案が出てくるんです。 -- なるほど。 佐藤 今、若い方が「他の画廊にいくと、そういう話ができない」と言うんです。悠玄は“チャンスのない若い作家たちに、いかにチャンスを作ろうか”ということを考えているので、積極的に若い作家たちと会話をするように心掛けてます。 -- 100人! 佐藤 実際は105人だったんですが、絵画、陶芸、ガラス、版画、彫刻、写真、彫金、デザイナー、イラストレーター、音楽、俳句、左官などの作家がいて、編集者や画廊主、建築家や住職、俳優もいたり、植木職人でもある現代アーティストは銀座の空気を採集し、それを水蒸気として再び銀座の空気へ戻すといったような非常にユニークな表現で人気を集めました。今、何が面白いのか、問われているのかを考えるいい機会にもなりましたね。悠玄のテーマでもある「アートはライブ」ということですね。作家同士がお互いに刺激になったようで盛り上がりました。今年は期間を2週間と長くしましたので、期間中にイベントを2つ入れようかなと思っています。 -- どのようなイベントを考えていらっしゃいますか? 佐藤 去年はコントラバス奏者の齋藤徹さんに来ていただきました。齋藤さんはピナ・バウシュ舞踊団に所属する「世界一悲しい顔をした男」に出演したジャン・サスポータスさんとコラボレーションしたり、絵画などと即興演奏するということに、素晴らしい才能をお持ちの方です。去年は、作品を見ていただいて、そこでバッと即興演奏してもらいました。もう皆さん感動されて一瞬、言葉を失ったほどです。その後、皆さんからの熱い感想があふれ出たという感じでした。齋藤さんには今年も来ていただく予定です。もう一つのイベントは、椿座という朗読のグループを率いている松本貴子さんの提案で、会場の作品たちの間に言葉を置いていくという、まだ経験したことのない朗読空間作りです。言葉が発せられた時にどのようなエネルギーが生まれ出るのか、作品との融合が楽しみです。 -- すごいですね。 佐藤 いつも“私自身がおもしろがらないと、おもしろい空間にはならないんじゃないか”と思っているんです。ですから、他の画廊と違って、けっこうお節介して仕掛けていきます。それを作家がおもしろがってくれるようにコミュニケーションを取っていきたいですね。昨秋には京都にも「京都ギャラリー悠玄」をオープンしたので、これからは東京・京都二都物語で画廊文化を発信して行きたいと思っているところです。 -- タテヨコ企画の場合は、いかがでしょうか? 佐藤 私はパパタラフマラの小池博史さんの舞台をけっこう見ています。小池さんの着眼点にいつも関心させられていますので、小池さんが悠玄に来てくださった時に、「何かここでやってください」「やりたいですね」っていう話をしたんです。私自身が小池さんに期待したことは「こういう空間で何ができるだろうか?小池さんだったら何をやってくれるのだろうか?」ということでした。それがなかなか実現しないでいた時に、タテヨコ企画さんがいらして、「全館使います」と。私が“やりたい”と思っていたことがもしかしたらタテヨコ企画の方で実現するんじゃないかなっていう期待感が、実は、すごくあります。 -- 『夜まで待てない』へ向けて一言いただけますでしょうか? 佐藤 私もまだどういう芝居か解らないのですが、何が夜まで待てないのか、興味をそそられます。(笑)。 -- そうですか(笑) 佐藤 さっきも言ったように、“私たちがドキドキするようなものをしてくださるんじゃないかな”という期待のもとで楽しみに待っているという感じですね。「画廊を貸します」というのではなくて、「一緒に楽しませていただきます」みたいな感じですかね。 -- 佐藤さんにもオーナーにも、もちろん来ていただくお客様にも喜んでいただける作品にしなければと、気が引き締まりました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
注2 少女仮面:劇作家の唐十郎が鈴木忠志からの依頼によって書き下ろした作品。1969年10月に鈴木忠志演出のもと白石加代子、吉行和子、高橋美智子、高橋辰夫、蔦森皓祐らの俳優により、早稲田小劇場で初演された。1969年度 第15回岸田國士戯曲賞受賞作品。 《佐藤省氏プロフィール》
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